大阪地方裁判所 平成11年(ワ)2830号 判決 2000年4月14日
原告
河原浩子
被告
西村隆明
主文
一 被告は、原告に対し、金四五四五万三九五五円及びこれに対する平成八年三月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その三を原告の負担とし、その七を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金九七〇八万六八八〇円及びこれに対する平成八年三月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 訴訟の対象
民法七〇九条
二 争いのない事実及び証拠上明らかに認められる事実
(一) 交通事故の発生(争いがない。)
<1> 平成八年三月一九日(火曜日)午後四時三〇分ころ(晴れ)
<2> 大阪府箕面市瀬川四丁目三番六〇号先路上(国道一七一号)
<3> 被告は、普通乗用自動車(神戸七八は四二八七)(以下、被告車両という。)を運転中
<4> 原告(大正一〇年八月二九日生まれ、当時七四歳)は、歩行中
<5> 被告車両が道路を横断中の原告に衝突した。
(二) 責任(争いがない。)
被告は、最高速度が時速五〇kmと規制されているにもかかわらず、時速約八〇kmで走行し、また、前をよく見ないで運転し、横断中の原告に衝突した過失がある。したがって、民法七〇九条に基づき、損害賠償義務を負う。
(三) 傷害(争いがない。)
原告は、本件事故により、骨盤骨折、左下腿骨折、頭部外傷後せん妄などの傷害を負った。
(四) 治療(争いがない。)
原告は、治療のため、次のとおり入通院をした。
<1> 大阪府立千里救命救急センターに、平成八年三月一九日から平成八年四月一五日まで二九日間入院した。
<2> 協立病院に、平成八年四月一五日から平成八年五月五日まで二一日間入院した。
<3> 箕面市立病院精神科に、平成八年五月一四日から平成九年八月二六日まで(実日数三七日)通院し、同病院リハビリテーション科に、平成八年五月七日から平成九年九月二九日まで(実日数五七日)通院した。
(五) 後遺障害(争いがない。)
自動車保険料率算定会は、原告の後遺障害が後遺障害別等級表一級三号に該当する旨の認定をした。
三 原告の主張
原告が主張する損害は、別紙一のとおりである。
四 中心的な争点と被告の主張
(一) 中心的な争点
過失相殺、後遺障害、損害
(二) 被告の主張
原告にも過失がある。つまり、原告は、幹線道路であり、横断歩道がないにもかかわらず、左右を確認しないで、小走りで道路を横断していた。したがって、原告には四〇%の過失がある。
原告の後遺障害については、生活の一部を自立できるから、常時介護が必要とはいえないし、労働能力喪失率は五〇%くらいである。
損害は争う。
第三過失相殺に対する判断
一 証拠(乙一、原告の供述)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故は、直線の東西道路で発生した。
本件事故現場は、市街地で、歩車道の区分があり、見通しはよく、信号機は設置されていない。事故当時は交通量は少なかった。最高速度は、時速五〇kmに規制されている。
東西道路は、片側二車線の道路であり、一車線の幅員は、三・一ないし三・二mである。
(二) 被告は、西行き車線の第二車線を、時速約八〇kmで走行していた。
衝突地点の約一〇〇m手前で、第一車線の約九四m前方に車向がいるのを見つけたが、よく見ていなかったので、停車していたのか、減速していたのかは覚えていない。
さらに、約六二m進んだとき、前方約三九mに、原告が第一車線から第二車線に向かって歩いているのを見つけた。危ないと思い、急ブレーキをかけた。
しかし、そこからさらに約三九m進み、第二車線のほぼ中央付近で、被告車両左前部と原告が衝突した。
衝突後、被告車両は約一〇m進んで停止した。原告は約三m先に転倒した。
(三) 事故現場には、被告車両のスリッブ痕が、右一三・八m、左三〇・六m残っていた。
(四) 被告が事故直前に見つけた先行車両は、西行き車線の第一車線を時速約六〇kmで走行していた。走行中、左側の歩道から右(北)に横断しようとしている原告を見つけ、時速約五kmまで減速した。原告が小走りで横断を始め、第一車線を渡り終えたとき、第二車線を後方から走行してきた被告車両と衝突して、少し先に転倒した。
二 これらの事実によれば、確かに、原告も、幹線道路の横断歩道がないところを横断するのであるから、左右の安全を十分に確認してから横断をすべきであった。したがって、これだけを取り上げれば、原告の過失は小さいとはいえない。
しかし、先行車両は原告の横断に気付き減速していたのであるから、被告も、先行車両の動静を十分に確認していれば、原告の存在を予想することができたはずであるし、もっと早く見つけられたはずである。ところが、先行車両の動静をよく確認しなかったばかりか、制限速度を三〇kmも上回る時速八〇kmで走行していた。したがって、被告の過失はかなり大きいというべきである。
これらの原告と被告の過失を比べると、被告の過失が大きいと認めることが相当であり、原告と被告の過失割合は、二〇対八〇とすることが相当である。
第四後遺障害に対する判断
一 証拠(甲二ないし六、乙二、三、証人井上の証言、原告の供述)によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 箕面市立病院リハビリテーション科の医師は、平成九年九月三〇日付け(平成九年九月二九日診断)で、次の内容の後遺障害診断書を作成した。
症状固定日は、平成九年九月二九日である。自覚症状は、臀部痛、左膝運動時痛である。他覚症状は、右腸骨骨折が二本のスクリューで内固定されている。左脛骨骨折が髄内釘固定されている。
(二) 箕面市立病院精神科の医師は、平成九年九月九日付け(平成九年八月二六日診断)で、次の内容の後遺障害診断書を作成した。
症状固定日は、平成九年八月末ころである。自覚症状は、健忘である。他覚症状は、入院中から、夜間、状況をわきまえず、ベッドから降りようとしたことなどがあった。外来通院時は、不眠、不穏、幻覚、妄想、健忘、見当識障害などが著明で、治療によりかなり軽快したが、なお、無理な要求や事務処理をしたり、不眠傾向がみられたり、健忘が認められ、常時介護が必要な状態が続いている。
(三) 箕面市立病院整形外科の医師は、本件原告訴訟代理人からの照会に対し、平成九年三月三一日付けで、次の内容の回答をした。
初診時は、両下肢の筋力低下、右股関節と左膝関節の軽度の可動域制限、高次脳機能障害に起因する日常生活動作能力の低下を認めた。そのため、理学療法、作業療法を始めた。その結果、下肢筋力低下と関節可動域制限は改善したが、日常生活動作能力の改善は遅れている。現在では、下肢筋力低下と関節可動域制限は認められず、今後作業療法を継続する予定である。平成九年一二月ころに症状固定すると考えられる。後遺障害として、高次脳機能障害による日常生活動作能力の低下が予想される。現在、原告の日常生活と通院については、介護が必要であるし、今後も必要と思われる。初診時から症状固定までは就労が不能であるし、その後のことはわからない。
(四) 箕面市立病院精神科の医師は、本件原告訴訟代理人からの照会に対し、平成九年三月三一日付けで、次の内容の回答をした。
初診時の症状は、昼間は、ある程度安定していて、表面的には会話が成立するが、健忘と見当識障害が著明で、一人で外出することができなかった。天気の悪いときや夕方には不穏状態となり、意味の分からないことを話したり、壁を蹴るなどの粗暴な行為が見られる。食欲の低下もみられる。夜間は、大声を出して叫んだり、夫やヘルパーの制止を聞かずに外に出ようとしたりした。特に夜中は、幻覚の存在が疑われ、裸になったり、あちこちから物を取り出したりする奇異な行動もみられる。不眠傾向が強い。
初診時から平成八年六月上旬までは、強いせん妄状態にあったと考えられる。
症状に対しては、脳代謝改善薬、抗精神病薬、抗バーキンソン薬、睡眠導入薬の投与を行い、現在も投与している。その結果、平成八年六月ころから、幻覚や不眠がなくなり、奇異な行動が少なくなり、食欲が改善され、夫の世話をしようとしたり、かなり安定した状態になってきたが、向精神薬の副作用と思われる尿失禁、ふらつき、眠気がみられるようになった。
現在は、健忘が目立つ。昼間は、せん妄などの症状が少なく、比較的安定しているが、帳簿付けなど、できないことを無理にしたりする。目を離すと転倒したり、書類が散逸したり、自分の状況を的確に理解できていない。夜間は、せん妄はあまりみられないが、トイレのため起きたときに、その方向や場所がしばしばわからなくなってしまう。
今後も、現在の薬物療法を長期間にわたり継続していく予定であるが、症状は固定しつつあると考えられる。
後遺障害については、健忘と見当識障害は生涯続くと考えられる。したがって、病的行為は続くであろうし、薬物療法の継続と最低限の介護をすることが必要である。
現在は、健忘が強く、できることとできないことの区別がつかず、強引にできないことをしようとする。一人で外出すると帰宅できなくなるおそれが強い。そのため介護が必要である。夜間は、トイレのため起きるときに介護が必要であるが、それは予測できないから、常に介護者がいることが必要と考えられる。トイレに行く時間を固定したり、トイレに行くのをなくすことは不可能である。
初診時から症状固定までは就労は不可能であり、症状固定後も、健忘や見当識障害が改善される可能性はなく、就労能力が回復するとは考えられない。
(五) 自動車保険料率算定会は、原告の後遺障害が一級三号に該当する旨の認定をした。
(六) 現在、原告の状態は、次のとおりである。
睡眠薬を飲まないと眠らないし、飲んでも眠らないときがある。トイレ以外で、排尿や排便をする。ひきだしを開けて財布がないなどというが、実際には、どこかに置いたことをすぐ忘れている。もちろん計算もできないが、できないことがわからないため、わめきちらしたりする。一人で歩くことができず、立ち上がろうとして転ぶことがある。要するに、自分でできると思っていることが、本当はできない。
二 これらの事実によれば、原告には、現在も、健忘と見当識障害の症状があり、今後も、改善される見込みがなく、そのため、したことをすぐに忘れたり、できないことをしようとしたり、自分の状況を理解できず、また、一人で歩くこともできない。そうすると、一人で生活することができないだけではなく、常にだれかが介護をすることが必要であるというべきである。したがって、原告の後遺障害は、常に介護が必要な状態であると認めることが相当である。
したがって、後遺障害別等級表一級三号に該当すると認められる。
第五損害に対する判断
一 治療費 一六万四一四〇円
症状固定日(平成九年九月二九日)までの治療費は、既払い分一一万〇〇一〇円と未払分五万四一三〇円の合計一六万四一四〇円と認められる。(甲七)
二 付添看護費 九八三万七三二六円
付添看護費は、症状固定日までの実費分として、既払い分七四八万一八四二円と未払分二三五万五四八四円の合計九八三万七三二六円と認められる。(甲八)
三 将来の介護費 四〇五〇万九二五五円
将来の介護費は、実費相当額として年間四五七万〇五〇〇円が、平均余命期間の約一二年(ライプニッツ係数八・八六三二)必要と認められる。
これに対し、被告は、近くの奈良県に次男が住んでいるから、職業家政婦に対する支出である実費相当額を平均余命期間認めるのはおかしい旨の主張をする。しかし、子どもが親の介護をしなければならない理由はないし、各家庭にはそれぞれ事情があろうから、子どもに親の介護を強いることが酷なこともあると思われる。さらに、実費相当額を認めたとしても、損害の公平な分担という考え方に反するとも思われない。仮に実費相当額を認めないのであれば、本人が実費相当額との差額を負担することになるが、かえってそれは不合理ではなかろうか。したがって、実費相当額を認めることが相当である。また、期間についても、現時点では特別な事情が認められないから、平均余命期間を認めることが相当である。したがって、いずれにしても、被告の主張は認められない。
四 入院雑費 六万五〇〇〇円
入院雑費は、六万五〇〇〇円(一三〇〇円×五〇日)と認められる。
五 交通費 一〇万六七一〇円
交通費は、合計一〇万六七一〇円と認められる。(甲九)
六 文書料 八八〇〇円
文書料は、八八〇〇円と認められる。(甲一一)
七 休業損害 二二二万四四四九円
基礎収入は、原告の年齢を考慮すると、賃金センサス二九六万四二〇〇円の七割相当額である二〇七万四九四〇円を基礎収入額と認めることが相当である。
期間は五五九日(症状固定日の平成九年九月二九日まで)と認められる。
もっとも、前記認定の将来の介護費は、職業家政婦に対する支出である実費相当額を認めているが、家政婦は、実際上、原告に替わって家事もしているから、将来の介護費には、休業損害分(さらには後記の逸失利益分)が一部含まれていることになる。そこで、前記認定の七割相当額に限って損害と認める。
八 逸失利益 七三七万二〇九五円
基礎収入は、賃金センサス二九六万四二〇〇円の七割相当額である二〇七万四九四〇円と認められる。
労働能力喪失率は一〇〇%と認められる。
期間は、六年(ライプニッツ係数五・〇七五六)と認められる。
また、前記認定のとおり、さらに七割相当額に限って損害と認める。
九 入通院慰謝料 二五〇万〇〇〇〇円
入通院慰謝料は、二五〇万円が相当である。
一〇 後遺障害慰謝料 二六〇〇万〇〇〇〇円
後遣障害慰謝料は、二六〇〇万円が相当である。
一一 結論
したがって、損害は別紙二のとおりである。
(裁判官 齋藤清文)
11―2830 別紙1 原告主張の損害
1 治療費 31万5040円
2 付添看護費 1646万0664円
3 将来の介護費 4211万7158円
(1) 年間の介護費457万0500円
(2) 期間11.95年(ホフマン係数9.215)
4 入院雑費 19万1596円
5 交通費 24万5940円
6 文書料 8800円
7 休業損害 453万9639円
(1) 基礎収入は、賃金センサス296万4200円
(2) 期問は559日(平成9年9月29日まで)
8 逸失利益 1293万5769円
(1) 基礎収入は、賃金センサス296万4200円
(2) 労働能力喪失率100%
(3) 期間5年(ホフマン係数4.364)
9 入通院慰謝料 390万0000円
10 後遺障害慰謝料 2600万0000円
小計 1億0671万4606円
過失相殺後(被告90%) 9604万3145円
既払金 775万6265円
既払金控除後 8828万6880円
11 弁護士費用 880万0000円
残金 9708万6880円
11―2830 別紙2 裁判所認定の損害
1 治療費 16万4140円
2 付添看護費 983万7326円
3 将来の介護費 4050万9255円
(1) 年問の介護費457万0500円
(2) 期間12年(ライプニッツ係数8.8632)
4 入院雑費 6万5000円
5 交通費 10万6710円
6 文書料 8800円
7 休業損害 222万4449円
(1) 基礎収入は、296万4200円の70%
(2) 期間は559日(平成9年9月29日まで)
(3) これらの70%相当額
8 逸失利益 737万2095円
(1) 基礎収入は、296万4200円の70%
(2) 労働能力喪失率100%
(3) 期間6年(ライプニッツ係数5.0756)
(4) これらの70%相当額
9 入通院慰謝料 250万0000円
10 後遺障害慰謝料 2600万0000円
小計 8878万7775円
過失相殺後(被告80%) 7103万0220円
既払金 775万6265円
2182万0000円
既払金控除後 4145万3955円
11 弁護士費用 400万0000円
残金 4545万3955円